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BibleMsg > 列王記 > 第1講 強く男らしくありなさい

第1講 強く男らしくありなさい

投稿者: Calebkim 掲載日: 2005/1/28 (2668 回閲覧)
2005年?列王記第一講

強く、男らしくありなさい(ソロモン王国の基礎)

御言葉:?列王記1,2章
要 節:?列王記1:2,3「私は世のすべての人の行く道を行こうとしている。強く、男らしくありなさい。」あなたの神、主の戒めを守り、モーセの律法に書かれているとおりに、主のおきてと、命令と、定めと、さとしとを守って主の道を歩まなければならない。あなたが何をしても、どこへ行っても、栄えるためである。」

 今年、私たちは「信仰により、いつも勝利」「信仰によって弟子養成」というスローガンを持って出発いたしました。神様が私たちの祈りを聞いてくださり、信仰による勝利を体験させてくださることを信じて感謝します。特に信仰によって弟子養成にチャレンジして信仰を体験し、信仰がますます成長する2005年となりますように祈ります。
今日から学ぶ列王記はダビデ王の晩年においてソロモンが即位した時から始まり、ソロモンの死後に分離したイスラエルとダ王国が滅亡する時までの歴史が記されています。単なる歴史の記録ではなく、どのようにしてイスラエル王国が栄え、または滅んだのかを教え、悟らせてくれる歴史です。そこで、私たちはイスラエルの歴史を通して主の御言葉に聞き従って歩んだ時は、栄えますが、主の目の前に悪を行なった時には罰せられ、滅亡して行ったことを学ぶことができます。
小泉首相は、正月四日、伊勢神宮に参拝して「紛争、戦争、自然災害と厳しい昨年だったが、今年は平和で穏やかな年であるように、それぞれの人に実り多き年であるように、と祈りした」と記者団に語ったそうです。良いことばを語りましたね。でも、あまりに現実からかけ離れているような気がして残念です。今日の日本の現状は、外からは自然災害に次々に襲われ、内側では道徳が乱れ果てています。親殺し、子ども殺しさえ珍しくなく、青少年の犯罪は激増するばかりです。人命は軽んじられ、他殺も自殺も、日常茶飯事のように行なわれています。なぜ、こうなってしまったでしょうか。それは政治、経済、教育などの問題もあるでしょうが、根本的には神様なしに生きる人本主義、偶像崇拝にあるのではないでしょうか。また、瞬間的な快楽を求め、目の前のことしか考えない歴史意識の欠乏にあるのではないでしょうか。聖書的な価値観、歴史観がないために人々は混乱し、不安と恐れにさいなまれているのです。小泉首相が言った紛争、戦争、自然災害がなくても、人の価値観が変わらなければ平和で穏やかな生活はできません。
そういうわけで、私たちは列王記の学びを通して、神様中心、御言葉中心の霊的な価値観を確立し、生きておられる神様が人生の興亡盛衰、すべての歴史を主管しておられるという歴史観を確立して行きたいと思っています。どうか、列王記第一の御言葉を通して神様の御心にかなった者として、何をしても栄える人生、いつも勝利する人生を生きることができるように祈ります。
この時間、学ぶ第一講はソロモンの王位継承について記されています。ソロモンはどのようにしてイスラエルの王になり、強い王国の基礎を築くことができたでしょうか。ソロモン王国が強くなり、栄える秘訣は何でしょうか。本文の御言葉を通して、強くなり、何をしても、どこへ行っても栄える秘訣を学ぶことができるように祈ります。

?.王として立てられたソロモン(1章)
1節をご覧ください。「ダビデ王は年を重ねて老人になっていた。それで夜着をいくら着せても暖まらなかった。」とあります。ダビデ王は年老いて血液の循環が悪かったでしょうか、冷え性になっていました。夜着をいくら着せても体は暖まらなかったのです。彼の家来たちは王さまのためにひとりの若い処女を捜して来て、王のふところに寝させ、王さまを暖めるようにしました。当時は、年老いている老人たちの冷え性を癒すためにこのような療法が取られていたからです。つまり、年老いた人は、若い人と共に寝て温まることによって、その熱とエネルギーを吸収できる、と考えられていたのです。そこで、家来たちは、イスラエルの国中に美しい娘を捜し求め、シュネム人の女アビシャグを見つけて、王のもとに連れて来て王の世話をするようにしました。治療のためなら、美しい娘でなくてもいいと思いますが、家来たちは非常に美しい娘を連れて来て王のふところに寝させました。でも、王は彼女を知ろうとしませんでした。肉体関係を持たなかったのです。
このようにダビデ王が非常に老弱になると、イスラエルには国の王位の継承問題が現われました。5-10節をご覧ください。
ハギテの子アドニヤは、「私が王になろう。」と言って、野心をいだき、戦車、騎兵、それに、自分の前を走る者五十人を手に入れました。彼は人間的に見ると、王になれるような人でした。彼はダビデの四男ですが、すでに長男のアムノンと三男のアブシャロムは死にました。そして、次男はキルアブですが、サムエル記第二の3章に彼の名が言及されているだけです。その後は出てきません。おそらく、次男もすでに死んでしまったと思われます。したがって、四男であるアドニヤは自分がダビデの後を継ぐことができると考えられるのです。また、彼は父から「あなたはどうしてこんなことをしたのか。」と言われたことがないほどにまじめな人でした。そのうえ、彼は非常な美男子で、人々からも愛されていたようです。彼が軍隊将軍ヨアブと祭司エブヤタルに相談をすると、彼らはアドニヤを支持するようになりました。軍隊の支持も、宗教界の支持も得るようになったのです。そこで、アドニヤは、エン・ロゲルの近くにあるゾヘレテの石のそばで、羊、牛、肥えた家畜をいけにえとしてささげ、王の子らである自分の兄弟たちすべてと、王の家来であるユダのすべての人々とを招きました。自分で王の就任式と祝宴を企画して行なったのです。でも、この祝宴に招かれたのは、自分を支持する者たちだけでした。老若になった王に忠実に仕えていた祭司ツァドク、軍隊における重鎮であったベナヤ、預言者ナタンなどは招きませんでした。特に弟のソロモンは招いていません。彼は「王になろう」という野心のために現在イスラエルの王であり、自分の父であるダビデとは相談をすることはしませんでした。ただ、野心によって自分を王として高めようとしたのです。しかし、聖書の原則は「自分を高めようとする者は低くされ、へりくだる者が高められる」ということです(ヤコブ4:10)。神様はナタン預言者を通して自分を高めようとする者の野心を防がれました。ナタンはアドニヤのことが分かった時、すばやく行動に移しています。
11-21節をご覧ください。ナタンはソロモンの母バテ・シェバと協力することにしました。彼はバテ・シェパに行ってダビデにアドニヤが王となったことを告げてくだされば、自分もバテ・シェバの言葉に裏づけをするために、王の前に出て同じことを話すといいました。そこで、バテ・シェバは寝室の王のもとに行ってナタンの助言のとおりにしました。ナタンも約束のとおりにはいってバテ・シェバの言葉に裏づけをしました。すると、ダビデ王は事の重大性に気づきました。彼は生きておられる神様の前でソロモンを王にすることを確約します。そして、約束を実行します。王には、特別な雌騾馬がありましたが、ソロモンをダビデ王の雌騾馬に乗せ、ギホンへ行かせました。そして、祭司ツァドクは天幕の中から油の角を取って来て、油をソロモンに注ぎました。そうして彼らが角笛を吹き鳴らすと、民はこぞって、「ソロモン王。ばんざい。」と叫びました。民はみな、彼のあとに従って上って来た。民が笛を吹き鳴らしながら、大いに喜んで歌ったので、地がその声で裂けました。
 ここで、私たちはソロモンを王として立てるのに、ナタン預言者が決定的な役割を果たしたことが分かります。ソロモンは人間的に見ると王になれる人ではありませんでした。彼はダビデが不道徳的な方法によって自分の妻にしたバテ・シェバから生まれた子どもです。また、ダビデの四番目の息子です。アドニヤと比べてみると、あまり目立つ人ではなかったようです。しかし、ナタンは神様の御心が成し遂げられることを望みました。また、彼はダビデ王が老若になってアドニヤが王になろうとしていることが分かった時、感情的に戦いませんでした。ダビデ王に行って「王様!もうぼけていますか。」といいませんでした。彼は神様の御心を成し遂げるために知恵を求め、バテ・シェバとよく同労してアドニヤが人間的な野心によって王になろうとしたことをよく防ぎました。結局、このような彼の働きによって神様の御心のとおりにソロモンが王として立てられました。神様のみわざは、このように謙遜に、知恵を持って同労する人たちによって成し遂げられていきます。
 私は東京センター、日本全体のみわざに仕える時、このことをよく悟ります。ナタン預言者のように謙遜に、知恵を持って仕えてくださる方たちがいることを感謝しています。時には一言のコメントが心を痛める時もありましたが、後で考えてみると、神様が自分の歪みを正してくださったことを悟る時が多くありました。結局、神様はナタンのような神様の人たちを通してご自分のみわざを成し遂げて行かれることが分かります。私がダビデのように同労者たちのお話をよく聞き、謙遜にみわざに仕えることができるように祈ります。
 ダビデ王がソロモンを王として立てたことを聞いたアドニヤと彼の支持者たちはどうなりましたか。49節をご覧ください。「すると、アドニヤの客たちはみな、身震いして立ち上がり、おのおの帰途についた。」とあります。これを見ると、アドニヤは正しくない行動をしたことが分かります。神様は高ぶる者に敵対し、へりくだる者に恵みを与えられます。(?ペテロ5:5)。

?.ダビデの遺言(2章)
 1、2a節をご覧ください。「ダビデの死ぬ日が近づいたとき、彼は息子のソロモンに次のように言いつけた。「私は世のすべての人の行く道を行こうとしている。」」とあります。ダビデの死ぬ日が近づきました。死ぬ日は誰にも近づいてきます。ダビデも例外ではありませんでした。ダビデは勇士として巨人ゴリヤテを倒し、国々との戦いにおいては百戦百勝して統一イスラエル王国を立てました。天才的な音楽家として数多い賛美歌を作詞、作曲したし、楽器を演奏することも上手にできました。また、彼は人を愛することができる愛の人、友情の人でした。少しでも自分を助けてくれた人たちの恵みを忘れず、必ず恩返しをする人です。彼は本当に霊的にも、精神的にも、肉体的にも強く、男らしい人でした。そんなダビデもすべての人の行く道を行かなければなりませんでした。すべての人が行く道とは何ですか。死の道です。そうです。この地に生まれた人なら、すべての人が行かなければならない道が死の道です。人は生まれた順番によって先輩、後輩と言いますが、死ぬ順番は決まっていません。いつ死ぬかは分かりませんが、いつか死ぬことは確かです。そこで、ダビデは「私は世のすべての人の行く道を行こうとしている。」と告白しています。もちろん、死後には二つの道に分かれます。一つは神様を信じている人々が行く永遠のいのちの道、天国への道です。もう一つは神様を信じない多くの人々が行く地獄の道です。でも、この地のすべての人が同じく行く道は死の道です。私たちはまだ若いから死ぬ日が遠い未来の日のように感じるかもしれませんが、実はそうではありません。去年、日本で起こった自然災害やインドネシアの津波、テロなどを考えると、いつ死が襲って来るか分からないものです。最近、私はさまざま出来事を考えると、自分の死よりも、この地球の死、イエス様が言われた世の終わりが近づいたと思われます。私たちは自分の死も、世の終わりも備えなければなりません。イエス様が今日来られても「マラナタ。主イエスよ。来てください」と迎えることができるようにいつも信仰によって生きましょう。
 ダビデは死ぬ日が近づいた時、ソロモンに王権を受け継がせてから遺言を残しました。ダビデはさまざま事を経験した王として息子のソロモン王に言い残したいことが数多くあったでしょう。息子に役立つことなら何でも話したいと思ったのではないでしょうか。一般的に言うなら国家の最高統治者として政治、行政、経済などあらゆる分野について遺言を残したことでしょう。しかし、ダビデはそれらよりも霊的なことを最優先的に言いました。ただ、主を信頼して強く男らしくありなさいということです。そのために、御言葉を守り、主の道を歩みなさいということです。つまり、信仰によって生き、信仰によって働きなさいということを言われたのです。生きておられる神様に対する信仰がなければ神様の御言葉を大事にして従うことも、守ることもできないでしょう。
 2,3節をご一緒に読んで見ましょう。「私は世のすべての人の行く道を行こうとしている。強く、男らしくありなさい。あなたの神、主の戒めを守り、モーセの律法に書かれているとおりに、主のおきてと、命令と、定めと、さとしとを守って主の道を歩まなければならない。あなたが何をしても、どこへ行っても、栄えるためである。」ダビデはソロモンに「強く、男らしくありなさい」と言われました。一緒に言ってみましょう。「強く、男らしくありなさい」。これは「ただ強く、雄々しくありなさい。強い心で生きなさい」ということです。神様もヨシュアに言われました。「強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。」使徒パウロもコリント教会の聖徒たちに言いました。「目を覚ましていなさい。堅く信仰に立ちなさい。男らしく、強くありなさい(?コリント16;13)。」とあります。私たちは堅く信仰に立って強くある必要があります。強い者にならなければなりません。この世がいかに混乱しても強くあるべきです。子どもも強い子として育てなければなりません。勉強に強く、運動にも強く、何をしても強い子どもとして育てるのです。あちこちで地震が起こり、津波が襲ってきても強く、男らしくあるように育てるのです。ダビデは自分自身が強く、男らしく生きていましたが、子どものソロモンも強く男らしくあるように勧めています。親が自分は弱虫、泣き虫になっていて子どもに「お前だけは強く、男らしくありなさい」と言ったら、子どもはどのように反応するでしょうか。もちろん、神様の恵みによって親が弱くても子どもは強い場合もありますが、まず、親がダビデのように強く男らしく生きなければならないでしょう。強い心で、強気で生きるのです。どんなに苦しいことがあっても、どんなに悲しいことがあっても、強く生きるのです。すると、この世のさまざまな試練にも、逆境にも打ち勝ちます。病気にも勝ちます。獅子でも熊でも打ち殺すことができます。ダビデは羊を飼っている時、獅子や熊が襲いかかっても打ち殺しました。イスラエルの全軍が恐れているゴリヤテも倒しました。彼はゴリヤテに強気で立ち向かいました。「この割礼を受けていないペリシテ人は何者ですか。生ける神の陣をなぶるとは。」彼は王の前でも「あの男のために、だれも気を落としてはなりません。このしもべが行ってあのペリシテ人と戦いましょう。」と言いました。私たちはこのようなアイデンティティ、強い心を持って生きる時、会社で上司の一言で心が揺れ動く生活を卒業して大胆に生きることができます。どんな試練にも気を落とさない強気で生きる時、この世で勝利し、成功することができます。
ではどうやって私たちは強くなりますか。3節をもう一度一緒に読んで見ましょう。「あなたの神、主の戒めを守り、モーセの律法に書かれているとおりに、主のおきてと、命令と、定めと、さとしとを守って主の道を歩まなければならない。あなたが何をしても、どこへ行っても、栄えるためである。」ここで、主のおきてと、命令と、定めと、さとしとはそれぞれが特別な意味を持っているのではありません。モーセの律法であって神様の御言葉の全体性を強調していることです。つまり、ダビデの遺言は特別なものではなく、とても基本的なことです。神様に選ばれたイスラエルの国民にとっては当たり前のことです。神様が選ばれた祭司の王国、聖なる国民として神様の御言葉のとおりに生きなければなりません。神の国の土台は御言葉です。ダビデは王として神様の御言葉を愛し、御言葉に聞き従い、主の道を歩んできました。これからソロモンがダビデの後を受け継いで御言葉を守る生活に励まなければなりません。御言葉に従って生きる時、強く、男らしくなります。箴言28;1節を見ると「悪者は追う者もないのに逃げる。しかし、正しい人は若獅子のように頼もしい。」とあります。私たちが主の御言葉によって正しく生きる時に頼もしい人になります。何をしても、どこへ行っても栄えます。ですから、ソロモンがダビデ王のように立派な王として国を統治し、栄えさせるためには、御言葉を自分の人生要節にして生きなければなりません。統治哲学も御言葉にあり、すべての判断基準も御言葉にある王にならなければなりません。御言葉を愛し、御言葉によって生きるとき、自分の人生はもちろん、イスラエルの全国民も繁栄し、栄えるようになります。
私たちも、私たちの子どもたちも強く男らしくなり、栄える秘訣は御言葉を守り、行なうところにあります。この日本が平和で穏やかな国、何をしても栄える国なる秘訣は全国民が神様を信じて神様の御言葉に従って生きることです。私たちは牧者も、宣教師もこの日本を愛さなければなりません。本当に愛することはこの国の若者から御言葉に聞き従うことによって何をしても栄えるようにすることです。どうか、私たちがこのことのためにますます励むことができるように祈ります。私たちは幸いに今年の方向となる人生要節の御言葉をつかんで一年を出発いたしました。与えられた御言葉を堅く信じ、御言葉を喜びとし、昼も夜も口ずさむ生活をしましょう。そうすると、必ずいつも勝利し、何をしても栄えます。とはいえ、学校の勉強も忙しい、会社生活も忙しいから自分の人生要節さえ忘れて生きるならどうなるでしょうか。その人の人生は砂の上に建てた家のように洪水や津波が襲ってくると倒れてしまいます。
昨日、牧者チームは沢崎牧者の所感を通して大きな恵みを受けました。彼は大学卒業しても就職ができず、フリーターで働いていました。しかし、皆さんがご存知のように神様の恵みによって彼の適性にふさわしい職場が与えられました。ところが、職場生活の中で神様より人を意識し、人に喜ばれるような生活をしていました。すると、フリーターとして働いていた時より霊的に満たされない生活が続きました。しかし、御言葉を通して神様より神様から与えられたものに縛られていることに気づかされて悔い改めました。そして、会社から遅く帰っても御言葉を読んでから寝ることを決断しました。このように、神様の御言葉に基づいた所感を通して自分を顧み、御言葉に従って生きると、必ず神様が栄えさせてくださいます。
今、世界はますます混乱し、道徳的に堕落しています。価値観が混乱しています。いつ、どこかで何が起こってもおかしくない世界になってしまいました。このような時こそ、私たちは永遠に変わらない御言葉を人生の基準として、御言葉のとおりに生きるために励まなければなりません。私たちが御言葉を愛し、御言葉を守る生活に励むなら、神様はいつも私たちとともにいてくださり、勝利の道、栄える道、いのちの道に導いてくださいます。
では、ソロモンが具体的に主の道を歩むことはどういうことでしょうか。片手では真理の義を行い、片手では恵みを施すことです。真理と恵みは神様のみころです。イエス様は真理と恵みに満ちておられました。まず、ソロモンが真理を行ないました。それは人本主義者たちを取り除くことです。ダビデは、ヨアブについて彼を死刑にすることを指示しています。彼は平和の時にアブネルを殺して戦いの血を流す罪を犯しました。また、ダビデがヨアブに代わってアマサを将軍にしたとき、ヨアブはアマサも殺してしまいました。その罪のためにヨアブは殺されるのです。ダビデはシムイについてもソロモンに言いました。シムイは、ダビデがアブシャロムから逃れているときに、彼をのろった者です。アブシャロムが死んでから、彼はダビデのところに来て、許しを請いました。そうしたらダビデは赦しました。けれども、ダビデはシムイが反抗する心を持っていたのを知っていました。表面的には従っているが、何かきっかけがあれば再び反抗することを知っていました。だからソロモンに、あなたの知恵によって、彼を処理するようにしたのです。
 ダビデはソロモンに恵みを施すことも遺言しました。7節を見ると「しかし、ギルアデ人バルジライの子らには恵みを施してやり、彼らをあなたの食事の席に連ならせなさい。私があなたの兄弟アブシャロムの前から逃げたとき、彼らは私の近くに来てくれたからだ。」とあります。バルジライは、ダビデがアブシャロムの手から逃れて、ヨルダン川の東に行ったとき、ダビデたちの糧食を補ってくれた人です。アブシャロムの死後、ダビデはバルジライにいっしょにエルサレムに来てくれませんか、と頼みますが、彼は断りました。老齢であり故郷で死にたいということでした。けれども、彼の子キムハムがダビデといっしょにエルサレムに行きました。ダビデはその子らに恵みを施してやるように命じられたのです。多くの人は多くの恵みを受けても、一言だけ気に入らない言葉を言われると背を向けて生きます。しかし、それは信仰の人の態度ではありません。私たちは恩返しできる人にならなければなりません。イエス様が私のために御血を流してくださったら、私たちも血を流す覚悟をしなければなりません。聖書は「受けるよりも与えるほうが幸いである」と言われています。旧約のエステルはユダヤ人を生かすために自分のいのちをもささげました。このようにイエス様のために、人のために自分をささげ、恵みを施す人はまことに幸いな人生を生きるようになります。
13-25節はアドニヤが殺される場面です。彼はソロモンの寛容によって生き残っていました。しかし、悔い改めることなく、父のふところに寝させた女さえを自分の妻にしようとしたために殺されるようになりました。結局、ソロモン王国はダビデの遺言に従って人本主義者たちを取り除、神様の御言葉を土台にすることによって立てられました。私たちは、ヨアブやシムイのような人本主義的な要素を持っていないでしょうか。私たちが御言葉を通して悔い改める生活を怠けると、いつの間にか、この世の価値観に汚染されてしまいます。神様より会社の上司や家族、友だち中心に生きる者になってしまいます。神様の御前で考えるより、人間的な状況や目先の有益だけを優先にして考えてしまいがちです。私たちがこのような人間的なこと、人本主義的なことを取り除かなければなりません。自分の方から悔い改めなければ、神様が取り除かれます。今は主の寛容と忍耐によって平和に生きていても、やがてヨアブやシムイのようにさばかれる日がやって来るのです。ですから、私たちは神様の御前で自分の人生を真剣に考え、神様の御言葉に従って生きなければなりません。神の民として神様の御言葉を愛し、御言葉に従って生きることは基本的なことであり、当たり前です。でも今日、私たちが生きている世界は神様なしに生きている人たちに囲まれています。神様の存在を無視し、自分勝手に生きている人々似囲まれています。だから神様の御言葉に従って生きることは愚かに見える時もあるでしょう。しかし、信仰によって御言葉に聞き従う人生こそ、まことに栄える人生です。私たちが聖書勉強や所感を通して御言葉中心に生きる生活に励むなら、必ず内側から強くなり、何をしても、どこへ行っても栄えます。
結論的に強く、男らしくありましょう。御言葉に聞き従う生活によって内側が強くなり、いつも勝利し、栄える人生を生きるように祈ります。

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