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97-12 語り続けなさい。黙ってはいけない

投稿者: Jubfadmin 掲載日: 2004/12/23 (3027 回閲覧)
1998年使徒の働き第12講

 

語り続けなさい。黙ってはいけない

 

御言葉:使徒の働き17:1?18:22

要 節:使徒の働き18:9、10

「ある夜、主は幻によってパウロに、『恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない。

わたしがあなたとともにいるのだ。だれもあなたを襲って、危害を加える者はない。

この町には、わたしの民がたくさんいるから。』と 言われた。」

 

先週は「マケドニヤに渡って来て、私達を助けてください。」と言う御言葉を学びました。パウロ達は、ピリピでルデヤと看守達を信仰に導き、ピリピ教会の基礎を作り、次いでテサロニケに行きました。今日の御言葉はパウロの第2回伝道旅行の続きとしてテサロニケ、ベレヤ、アテネ、コリントを開拓した出来事です。パウロは行く先々に迫害を受けましたが少しも退かず、大胆に福音を宣べ伝えました。ここで私達はパウロの福音信仰を学ぶことができます。この時間私達も使徒パウロから学び、どんな状況の中でも大胆に福音を伝えることができるように祈ります。

 

?。テサロニケ、ベレヤ、アテネの開拓(17:1?34)

 

第一に、テサロニケの開拓(17:1?9)

1節をご覧ください。パウロの一行はピリピを開拓した後、アムピポリスとアポロニヤを通って、テサロニケへ行きました。テサロニケはマケドニヤの首都として政治、経済、貿易、交通の中心地でした。パウロはここでもいつもしているように、会堂にはいって行って、三つの安息日にわたり、聖書に基づいて彼らと論じました。彼が論じた主題は何ですか。3節をご覧ください。「そして、キリストは苦しみを受け、死者の中からよみがえらなければならないことを説明し、また論証して、『私があなたがたに伝えているこのイエスこそ、キリストなのです。』と言った。」パウロはまずキリストがなぜ苦しみを受け十字架につけられ死ななければならなかったかを説明しました。それからなぜイエス様は死者の中からよみがえらなければならなかったかを論理的に説明しました。そしてこのイエス様が聖書に約束されたキリストであることを証しました。当時ユダヤ人達の間は苦難のない栄光のメシヤを考えていました。しかしパウロは聖書の御言葉に基づいて彼らの過ちを悟らせてあげました。そして苦難を通して栄光を得る聖書的なメシヤ観を教えました。このようにパウロは聖書に基づいて福音を論理的に説明できる有能な聖書先生でした。今日もパウロのような有能な聖書先生が必要です。誰が来てもふさわしい御言葉を持って説明できる聖書の達人が必要です。

「このイエスこそ、キリストなのです。」これはパウロが伝えたメッセージの主題でした。イエス様がキリストである一番確かな証拠は何ですか。キリストは王という意味です。イエス様は王となられる方です。イエス様はピラトの前で尋問を受ける時に、「それでは、あなたは王なのですか。」と質問した時「わたしが王であることは、あなたが言うとおりです。」とはっきり答えられました(ヨハネ18:37)。イエス様は政治的な王ではなく霊的な王です。イエス様は真理の王であり、愛と平和の王です。イエス様は私達の王となるのにふさわしい方です。なぜならイエス様は十字架と復活によって私達の根本問題である罪と死の問題を解決してくださったからです。それはイエス様がキリストである一番確かな証拠です。このようにパウロはイエス様が命の主であり、王であることをはっきりと論証しました。

それではどんな人々がパウロの証を聞き入れましたか。4節をご覧ください。「彼らのうちの幾人かはよくわかって、パウロとシラスに従った。またほかに、神を敬うギリシヤ人が大ぜいおり、貴婦人たちも少なくなかった。」彼らはむなしい偶像を捨てて神様に立ち返りました。パウロの十字架と復活のメッセージは人々を変化させる力がありました。福音は信じるすべての人々に救いを得させる神様の力です(ローマ1:16)。テサロニケ人への手紙第一1:5節を見るとパウロは彼らに福音を伝える時に、ことばだけによったのではなく、力と聖霊と強い確信とによったと言いました。当時貴婦人達は社会的な身分の高い人でした。このような人々はなかなか福音を受け入れないと思われます。しかしこのような人々も福音を聞き入れたことを見ると人は誰でも罪と死の問題によって苦しんでいることがわかります。

ところが、ユダヤ人の反応はどうでしたか。5節をご覧ください。ねたみにかられたユダヤ人は、町のならず者をかり集め、暴動を起こして町を騒がせ、迫害しました。彼らはパウロがイエスという別の王がいると言って、カイザルの詔勅にそむく行ないをしていると言いました。彼らはねたみによって霊的な目が閉じられている人々でした。彼らはねたみによって救いのみわざを妨害しました。

第二に、ベレヤの開拓(17:10?15)

10節をご覧ください。兄弟たちは、すぐさま、夜のうちにパウロとシラスをベレヤへ送り出しました。ベレヤはテサロニケに比べると小さい町でした。ふたりはそこに着くと、いつもユダヤ人から迫害を受けるにも関わらず再びユダヤ人の会堂にはいって行きました。それはパウロに福音に対する確信とユダヤ人に対する牧者の心があったからです。パウロは今度もユダヤ人からの迫害を予想していたでしょう。ところが意外なことが起こりました。11,12節をご覧ください。「ここのユダヤ人は、テサロニケにいる者たちよりも良い人たちで、非常に熱心にみことばを聞き、はたしてそのとおりかどうかと毎日聖書を調べた。そのため、彼らのうちの多くの者が信仰にはいった。その中にはギリシヤの貴婦人や男子も少なくなかった。」ベレヤのユダヤ人は、テサロニケにいる者たちよりも良い人たちでした。彼らは心が狭く偏狭な人達ではありませんでした。また反発心が強く自分の考えが強くて心が閉じられている人々ではありませんでした。彼らは謙遜で柔和な人々で真理の御言葉をよく受け入れる準備ができている人々でした。彼らは心がオープンされていました。それでは具体的に彼らはどんな点で良い人達でしたか。

第一に、彼らは非常に熱心にみことばを聞きました。彼らは聖書を学びたい願いが強い人々でした。彼らは世の目に見えるものに失望し、霊的なものを慕い求める人々でした。彼らは谷川の流れを慕うしかのように神様の御言葉を慕い求めました。このような人は霊的な奥義を悟り、悔い改めて罪の赦しを受けるようになります。神の国はこのような人に与えられます(マルコ4:11)。

第二に、彼らははたしてそのとおりかどうかと毎日聖書を調べました。彼らは聖書を学ぶ時に何も考えずに盲目的に受け入れませんでした。彼らは問題意識を持って考えながら心から御言葉を受け入れ、また受け入れた御言葉がはたしてそのとおりかどうかと聖書を学びながら確認しました。彼らには学者的な姿勢がありました。彼らは御言葉を聞く時にそれを人間のことばとしてではなく、事実どおりに神のことばとして受け入れました(テサロニケ第一2:13)。聖書を学ぶ彼らの姿勢は真剣でした。彼らがこのように真剣に聖書を学ぶ時に霊的な目が開かれ、信仰を持つようになりました。彼らは真理を悟る喜びで満たされていました。

ここで御言葉を受ける姿勢の重要性に対して学ぶことができます。使徒パウロのように御言葉を伝える人も大切ですが、ベレヤの人々のように聞く人の姿勢も大切です。全く同じ御言葉を聞いても受け入れる人の姿勢によって救いが左右されます。ですから私達は福音の御言葉を聞く時に謙遜な心を持ってその意味が何かを深く考えながら聞かなければなりません。何よりも御言葉を通してイエス様の十字架の死と復活が自分とどんな関わりを持っているのかを考えなければなりません。そのようにする時に聖霊が働き、御言葉の奥義を悟らせてくださいます。

 13、14節をご覧ください。テサロニケのユダヤ人たちは、パウロがベレヤでもこのことばを伝えていることを知り、ここにもやって来て、群衆を扇動して騒ぎを起こしました。そこで兄弟たちは、ただちにパウロをアテネに行かせました。

第三に、アテネの開拓(17:16?34)

16節をご覧ください。アテネでシラスとテモテを待っていたパウロは、町が偶像でいっぱいなのを見ました。アテネは当時ローマとアレクサンドリアとともに世界三大都市の一つで哲学と文学と芸術の中心地でした。ここはソクラテスとプラトンの故郷であり、アリストテレスとエピクロス派とストア派の哲学者達の活動舞台でした。パウロはこのように有名なアテネに大きな期待を持って着いたでしょう。ところが、そこには偶像でいっぱいでした。アテネには市民の数よりも偶像の数がもっと多くありました。パウロはそれを見て、心に憤りを感じました。この憤りは霊的な憤りでした。このような憤りは真理を愛する人だけが持つ憤りです。この時代はこのように霊的に憤る人々が少ないです。反対に感情的に怒る人は多くいます。それは真理に基づいて生活せず、肉の欲に従って生きているからです。そこでパウロは、会堂ではユダヤ人や神を敬う人たちと論じ、広場では毎日そこに居合わせた人たちと論じました。エピクロス派とストア派の哲学者たちも幾人かいて、パウロと論じ合っていました。パウロは信仰に無知な人達を見たら、じっとしていられませんでした。それはパウロが福音に対して絶対的な確信を持っていたからです。私達にもパウロのような情熱が与えられるように祈ります。それではパウロと論じ合っていたエピクロス派とストア派の哲学者達はどんな人々でしたか。

エピクロス派は紀元前342-270年にエピクロスが作りました。彼は快楽を求めることが人生の目的だと思いました。彼は快楽は肉的なものではなく精神的なすべての苦しみ、情欲、迷信的な恐怖から離れた心の安定にあると言いました。しかしそれが段々堕落して新約時代に来ては肉体の快楽だけを求めるようになりました。彼らは快楽を求めるために神を恐れず、死を恐れず、熱心に人生を楽しむように教えました。ストア派は紀元前340-265年にゼノンという人が創設した学派としてエピクロス派と対立しました。彼らはすべてのものに神があると信じました。人間のたましいも宇宙の理性の一部分に過ぎず、消滅する炎のようだと言いました。人間は世の悲しみと喜びに徹底的に関心を持たないことによって最高の善に到達すると主張しました。それで人間の理性を重要視し、理性によって自制する禁欲的な生活を主張しました。彼らは汎神論によって武装した福音の敵でした。エピクロス派やストア派はみな二元論の思想から出てきたので使徒パウロが伝えるからだの復活を受け入れることができませんでした。パウロは彼らと論じて福音を伝えました。

しかし彼らの反応はどうでしたか。18節をご覧ください。その中のある者たちは、「このおしゃべりは、何を言うつもりなのか。」と言い、ほかの者たちは、「彼は外国の神々を伝えているらしい。」と言いました。そこで彼らは、パウロをアレオパゴスに連れて行きました。ここには平らな岩の広場があって公開講演もしましたが、主に裁判が開かれるところでした。ソクラテスもここで裁判を受けたそうです。彼らがパウロの話を聞きたがっていたのは真理に対する関心があったからではなく、知的な好奇心のためでした。 アテネ人も、そこに住む外国人もみな、何か耳新しいことを話したり、聞いたりすることだけで、日を過ごしていました。彼らはいつも新しいものが好きでした。しかし彼らは真理は楽しみましたが、真理に従いませんでした。彼らは真理を求める立派な知性人のように見えますが、実は知的な遊びをする人々に過ぎませんでした。

 22節をご覧ください。パウロはアレオパゴスの真中に立って福音を伝える機会が与えられました。しかし、当時最高の知識を誇る哲学者達を前にしてメッセージを伝えることはやさしくありませんでした。彼らは完全に異教文化に属している人々として聖書や神様に対しては全く無知な人々でした。パウロはこのような彼らにどんなことから話したらいいかわからない時に「知られない神に」というメッセージのタイトルが思い出されました。パウロはまず彼らに宗教心があついことをほめました。彼は道を通りながら、彼らの拝むものをよく見ているうちに、『知られない神に。』と刻まれた祭壇があるのを見つけました。パウロは彼らが知らずに拝んでいるものを、教えましょうと言ってメッセージを始めました。そして天地万物をお造りになった創造主である神様に対して証しました。彼らは宗教心があつくて多くの神々を作りました。彼らが作った神の中には知られない神もあるほどでした。しかしこのような神々はいのちがないために人間にいのちを与えることも人間を危険から救うこともできません。しかし天地を創造された神様は生きて働いておられる方で、人にいのちを与える方です。この方は天地の主ですから、手でこしらえた宮などにはお住みになりません。また、何かに不自由なことでもあるかのように、人の手によって仕えられる必要はありません。神様は、すべての人に、いのちと息と万物とをお与えになった方だからです。この方は創造主だからと言って人間から遠く離れているのではありません。この方は私達が頼って生きるように私達の生活と歴史の中で具体的に生きて働いておられます。私たちは、神の中に生き、動き、また存在しているのです。パウロは彼らのある詩人たちが、『私たちもまたその子孫である。』と言ったことばを引用して私達は神様によって造られた者であることを証しました。そして結論として偶像に仕えていることを悔い改めて真の神様に仕えるように言いました。

パウロの証を聞いたアテネの人々の反応はどうでしたか。32節をご覧ください。死者の復活のことを聞くと、ある者たちはあざ笑い、ほかの者たちは、「このことについては、またいつか聞くことにしよう。」と言いました。しかし、彼につき従って信仰にはいった人たちもいました。それは、アレオパゴスの裁判官デオヌシオ、ダマリスという女、その他の人々でした。アテネでのパウロのメッセージが成功したか失敗したかを断定的に言うことはできません。しかしその結果がどうであれ彼のメッセージが霊的な憤りから出たことは大切なことです。

 

?。コリントの開拓(18:1?22)

 

18:1節をご覧ください。パウロはアテネを離れてコリントに来ました。当時コリントは60万人を越える巨大な港町でした。アテネが芸術の都市だったらコリントは商業と享楽の都市でした。そこは物質的には繁栄していましたが道徳的には堕落した都市でした。当時コリントにある有名な愛の女神であるアフロディテの神殿には千人の女祭司がいましたが、彼女たちはみな売春婦でした。パウロはこのようなコリントをどのように開拓しましたか。

第一に、仕事をしながら福音を伝えました(2?4)。2節をご覧ください。パウロがコリントに来た時、そこで、アクラというポント生まれのユダヤ人およびその妻プリスキラに出会いました。ローマ16:4節を見ると彼らは自分のいのちの危険を冒してパウロのいのちを守ってくれるほどパウロを愛し、同労した人々です。彼らの職業は天幕作りでしたが、パウロも同業者であったので、その家に住んでいっしょに仕事をしました。パウロは安息日ごとに会堂で論じ、ユダヤ人とギリシヤ人を承服させようとしました。彼らは仕事をしながら福音を伝えました。彼らは自立的な働き人であり、自立的な聖書先生であり、福音のしもべでした。

第二に、語り続けるパウロです(5?11)。5節をご覧ください。パウロがコリントにいる時、シラスとテモテがマケドニヤから下って来ました。シラスとテモテが合流することで、パウロは熱心にイエス様を証するようになりました。パウロはみことばを教えることに専念し、イエスがキリストであることを、ユダヤ人たちにはっきりと宣言しました。6節をご覧ください。パウロが御言葉を教えることに専念していると再びユダヤ人がそれを妨害しました。しかしパウロは少しも気が弱くなりませんでした。彼は大胆に審判のメッセージを伝えて異邦人宣教の方向を決めました。そして、そこを去って、神を敬うテテオ・ユストという人の家に行きました。その家は会堂の隣でした。パウロは今まで会堂を中心に福音を伝えましたが、これからはホームセンターで福音を伝えるようになりました。すると会堂管理者クリスポは、一家をあげて主を信じました。また、多くのコリント人も聞いて信じ、バプテスマを受けました。ここで大切なことは彼らが御言葉を聞いて信じたことです。ローマ10:17を見ると「信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。」と書いてあります。信仰はキリストの御言葉を聞くことから生じます。私達がどんな状況のなかでも続けて御言葉を伝えなければならない理由がここにあります。

続けて迫害を受けることによってパウロの心にどんな問題が生じたのでしょう。ユダヤ人達の迫害が激しくなるとパウロの心の中に恐れが生じたようです。コリント第一2:3を見るとパウロは、弱く、恐れおののいていたと言いました。このように恐れに捕らわれると何もできません。その時、主は彼にどんな勇気をお与えになりましたか。9,10節をご一緒に読んで見ましょう。「ある夜、主は幻によってパウロに、『恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない。わたしがあなたとともにいるのだ。だれもあなたを襲って、危害を加える者はない。この町には、わたしの民がたくさんいるから。』と言われた。」主はまずパウロに恐れるなと言われました。なぜなら天地万物をお造りになった神様が共におられ守ってくださるのでだれも彼を襲って、危害を加える者がないからです。また主はパウロに黙ってはいけないと言われました。パウロは迫害がはげしくなるとしばらく黙っていたいと思っていたようです。私達も人々から迫害を受けたり、御言葉を語っても目に見える実が見えないとき黙ってしまいやすいです。しかし、主はどんな状況の中でも黙っていないで語り続けるように言われます。なぜなら世の中には救われるべき人々が多くいるからです。神様は一人も滅びることなく救われることを望んでおられます。御言葉のしもべが黙っていると何も起こりません。そこで勇気を得たパウロは、一年半ここに腰を据えて、彼らの間で神のことばを教え続けました。その時、道徳的に堕落したコリントに大きな聖霊のみわざが起こりました。

12?17節はパウロが再びユダヤ人から迫害を受ける事件です。ガリオがアカヤの地方総督になったとき、ユダヤ人達はこぞってパウロに反抗し、彼を法廷に引いて行きました。ガリオは彼らの訴えが宗教の問題であることを知って、彼らを法廷から追い出しました。18節をご覧ください。パウロは、なお長らく滞在してから、兄弟たちに別れを告げて、シリヤへ向けて出帆しました。プリスキラとアクラも同行しました。パウロは一つの誓願を立てていたので、ケンクレヤで髪をそりました。彼はもっと新しい心も持って福音のみわざに仕えるために髪を剃ったでしょう。彼らがエペソに着くと、パウロはふたりをそこに残し、アンテオケに下って行きました。

 結論、この時代はコリントのように道徳的に堕落した時代です。私達はこのような時代に福音のみわざに仕えることが難しく思われる時があります。しかし、今日の御言葉を見ると神様は私達が状況が悪いからと言って黙っていないで語り続けることを願っておられることを学びます。私達が主がともにおられることを信じて御言葉を大胆に語り続ける時に大きなみわざが起こります。主は私達の1:1聖書勉強を通して人々を救うことを願っておられます。今週は早稲田大学新入生達の合格者発表があります。私達はその時に新入生達に伝道する予定ですが、「恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない。」この御言葉に従って大胆に新入生達に福音を語ることができるように祈ります。

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