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m08Luke17.まだ家までは遠かったのに

投稿者: Calebkim 掲載日: 2008/6/30 (2148 回閲覧)
2008年ルカの福音書 第17講                     寺崎アブラハム

まだ家までは遠かったのに

御言葉:ルカの福音書15:11?35
要 節:ルカの福音書15:20
「こうして彼は立ち上がって、自分の父のもとに行った。ところが、まだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけ、かわいそうに思い、走り寄って彼を抱き、口づけした。」

 収税人や罪人たちがみな、イエス様の話を聞こうとして、みもとに近寄ってきました。すると、パリサイ人、律法学者たちは、つぶやいてこう言いました。「この人は、罪人たちを受け入れて、食事までいっしょにする。」(1,2)。そこでイエス様はこのような彼らにたとえを話されることで、罪人たちに対する神様の熱い愛を教えてくださいます。ひとりの罪人が悔い改めるなら、神の御使いたちに喜びがわき起こるのです(10)。
 今日学ぶ御言葉は、あの有名な「放蕩息子のたとえ」です。このたとえには、神様から離れた人間の姿と、この人間を愛される神様の御姿が出て来ます。この時間、私たちが神様の大きな愛を知り、この神様の御前にありのままの姿で出て行くことができるように、祈ります。

?.家を出た弟息子(11-20a)
 11,12節をご覧ください。イエス様はたとえで話されました。「ある人に息子がふたりあった。弟が父に、『お父さん。私に財産の分け前をください。』」弟の方が父親に財産の分け前を要求しました。「お父さん、私に遺産を分けてください。そのお金をもとに友だちと事業がしたいのです。今はITの時代だから、それに投資をするんだ。どうせお父さんが死んだら財産は私のものになるでしょう。だったら今もらっても同じことじゃん。」その息子の話を聞いた父親はどうしたのでしょうか。普通父親だったら「この親不孝者、親が生きている時に財産の分け前を要求するとは何事だ。少し頭を冷やして考えろ。」と言ったでしょうか。ところが、たとえに出て来る父親は息子の要求どおり、黙って身代をふたりに分けてあげました。それから幾日もたたぬうちに、弟は、何もかもまとめて遠い国に旅立ちました。夢と希望を抱き、誰からも干渉をされない自由を求めて、どこか遠い国に行きました。家族から連絡が来ないように携帯電話の番号も変えました。クレジットカードも作りました。パスポートも作りました。パソコンも買いました。ところが親の監視と干渉から離れた途端、弟息子の生活はすさみ始めました。そこで知り合った女性と恋に落ちデートに多くのお金を使い始めました。悪い友だちが集まって来て、連日のように飲み会を開きました。競馬やパチンコにはまりました。宝くじも買いました。使う金額も次第に大きくなっていきました。結局飲む、打つ、買うの三拍子で放蕩して湯水のように財産を使ってしまいました(13)。
14―16節をご覧ください。何もかも使い果たしたあとで、その国に大ききんが起こり、彼は食べるにも困り始めました。それで、その国のある人のもとに身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって、豚の世話をさせました。彼は豚の食べるいなご豆で腹を満たしたいほどであったが、だれひとり彼に与えようとはしませんでした。金の切れ目が縁の切れ目でしょうか。将来を約束した恋人が彼から離れて行きました。あれだけ一緒に過ごした友だちもみな、一文無しになった弟息子から離れて行きました。それまで愛想よく接していた店の従業員も、手のひらを返したように急に態度が冷たくなりました。弟息子は豚を飼うアルバイトをするようになりました。豚を飼いながら、彼は自尊心が傷つき、いいようのない屈辱を味わいました。さらに辛いことは、彼が空腹であるそばで、豚がぶくぶく太って行くことでした。せめて豚の食べるえさを腹いっぱいたべられたらなあ、と思いました。ところが誰も空腹で死にそうな彼には見向きもしませんでした。
この放蕩息子は、神様から離れた人間の姿です。人々は自由を求めて神様から離れて行きました。神様から干渉を受けずに、自由気ままに行きたいと思っていました。実際この国では神様を信じなくても、いくらでも豊かに生きることができます。お金さえ出せば、何でも自由に手に入る反面、たましいは飢え渇いているのではないかと思います。今日、若者の間で「ネットカフェ難民」が増えて来ています。普段は会社に行って仕事をしますが、それ以外の時間を人間関係から来るわずらわしさから、個室にひきこもり自分だけの時間を過ごします。そこで食事もし、シャワーもし、寝泊りもします。誰からも干渉されず、文句も言われません。時には「プログ」を作ったりチャットを作り、知らない人と対話をすることで、寂しさをまぎらわそうとします。ところが住所がないため、正式社員になることができず、日雇い労働者のような生活をします。将来に対する不安が生じます。大抵保険料滞納により、病気になっても自由に医者にかかることも、容易ではありません。何より怖いのは、インターネットの普及に伴い、莫大な情報を収集できる半面、淫乱サイトに目が行き、目の情欲を楽しんでしまいます。そして自分も知らないうちに、個人情報が漏れ、犯罪に巻き込まれてしまいます。尊いいのちを失う事件も少なくありません。神様から預かった貴重な時間、若さ、能力、いのちを無駄にしています。国はこのような問題を「社会問題」として受け止め、いろんな方法で解決しようとします。「個人情報保護法」を可決させ施行したり、「ネット犯罪にあわないために」と小冊子を作って配布しています。その時にはいくらか解決しているように見えますが、根本的な解決には至りません。
では弟息子はどうしたのでしょうか。

 17―19節をご覧ください。「しかし、我に返ったとき彼は、こう言った。『父のところには、パンのあり余っている雇い人が大ぜいいるではないか。それなのに、私はここで、飢え死にしそうだ。立って、父のところに行って、こう言おう。「お父さん。私は天に対して罪を犯し、またあなたの前に罪を犯しました。もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。雇い人のひとりにしてください。」』」彼は父の家のことを思い出しました。父の家で生活していた時には、父親から愛を受けても、その愛に気づきませんでした。しかし我に帰った時、父親が子どもたちに対してだけではなく、雇い人たちも同じように愛を注いでいたことを思い起こしました。父のところには、パンのあり余っている雇い人が大ぜいいました。それに比べ、息子である彼自身は今にも飢え死にしそうでした。落ちるところまで落ちました。希望を見出すことができず、絶望のふちにいました。その時彼は父の家から飛び出して来たことを後悔しました。できることなら父の赦しを請いたいと願いました。しかし彼にはお父さんに合わす顔がありませんでした。家に帰れる立場ではありませんでした。それで雇い人として働こうと決心しました。こうして彼は立ち上がって、自分の父のもとに行きました(20a)。決断をしても、なかなか実行に移せない人々がいます。「人生をやりなおしたい。」と後悔をしても、後悔で終わる人も多くいます。しかし彼は違いました。彼は勇気ある決断をしました。恐らく彼は家を出る時、父の言葉を思い出したかもしれません。「ここはお前の家なのだから、帰りたくなったら、いつでも帰って来なさい。」彼は昔の生活を清算して、まっすぐ父の家に向かって歩き出しました。

?.父なる神様の大きな愛(20b-24)
 弟息子が家に帰った時、父親はどうしたのでしょうか。20節をもう一度、皆さんと一緒に読みたいと思います。「こうして彼は立ち上がって、自分の父のもとに行った。ところが、まだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけ、かわいそうに思い、走り寄って彼を抱き、口づけした。」この御言葉を通して、息子に対する父親の大きな愛を学ぶことができます。
 第一に、まだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけました(20b)。息子が家を出た時、父親は家の門を開けて息子の帰りを待っていました。はるかかなたの地平線をじっと見つめ、息子の姿を探していたことでしょう。いつ息子が帰って来てもいいように、部屋をそのままにして置きました。息子が財産の分け前を要求した時、父親は、息子が放蕩して湯水のように財産を使い果たすことを知っていました。それにも関わらず、財産を渡したのは、なぜでしょうか。それは、いつか目を覚まして自分のもとに戻って来ることを、願っていたからです。それで息子が戻って来た時、まだ家までは遠かったのに、彼を見つけることができました。
 第二に、かわいそうに思い、走り寄って彼を抱き、口づけしました。家に戻って来た息子はどれだけ変わり果てた姿をしていたのでしょうか。垢で体は汚れ、着ていた着物はぼろぼろでした。髪の毛はぼさぼさで、裸足でした。彼から異臭がただよい、蝿が彼のそばをついて来ました。人々はこの息子の姿を見て、「親の言うことを聞かないからこうなるのだ。」と言いました。ところが父親は違いました。「知らない土地でどれだけ苦労をしたのか」とかわいそうに思いました。そして彼を抱き、口づけしました。ありのままの姿で迎え入れました。
 第三に、息子としての身分を回復してくれました。弟息子は父親に言いました。「お父さん。私は天に対して罪を犯し、またあなたの前に罪を犯しました。もう私は、あなたの子と呼ばれる資格はありません。」(21)彼は真実に自分のあやまちを父親に告白しました。そして神様の前で罪を真実に告白しました。すると父親はしもべたちに言いました。「急いで一番良い着物を持って来て、この子に着せなさい。それから、手に指輪をはめさせ、足にくつをはかせなさい。そして肥えた子牛を引いて来てほふりなさい。食べて祝おうではないか。この息子は、死んでいたのが生き返り、いなくなっていたのが見つかったのだから。」(22-24)。父親は弟息子を雇い人としてではなく、自分の息子として受け入れました。それで手に指輪をはめさせ、足にくつをはかせました。そして一番良い物を子どもに与えました。着物も一番良い物を、子牛も肥えた子牛を。そして祝宴を開いて、弟息子が帰って来たことをお祝いしました。
 私は、今回メッセージを準備する中で、父親の大きな愛について、考えるようになりました。二年前に世界宣教報告大会に参加するために韓国に行った時のことです。仁川国際空港についた時、「オオ、ワッソ」(오오,왔소:おお、来たか)という声が聞こえて来ました。声をした方を振り向いて見ると、マリヤ宣教師のお父さんが手を振っていました。そして急いで走り寄って来て、手を差し出して来ました。握手をした後、抱いてくれました。大勢の人が空港の出口に向かって出て行く人波の中で、私を見つけ出してくれたのです。ちょうどその頃、弟の結婚式を控えていたので、それに着て行く背広も用意してくれました。家に帰ると、豊かな料理と共に迎え入れてくれました。日本に帰る時には、車で空港まで見送ってくれました。普段、午後9時を過ぎた頃、毎日のように電話をかけては、私たちのことを気遣ってくれます。時には、「健康のために、何でもよく食べ、運動をしなさい。また感情を抑えなさい」と戒めました。また福岡で一人で暮らしている義理の母の健康を気遣ったりもします。実の息子として受け入れてくれ、そのように接してくれます。私は、そのお父さんのことを考えると、時々合わせる顔がない、と思うことがあります。同時に、いつもありのままの姿で受け入れてくださる父親の愛を感じるようになりました。私がこの恵みを覚え、誰に対しても広い内面で、ありのままの姿で受け入れることができるように祈ります。まず一番近くにいるマリヤ宣教師を今よりも熱く愛し、仕えることができるように、祈ります。
 では、神様が私たちに向けられた愛はどうでしょうか。私たちがまだ神様のことが分からず、滅びに向かって歩んでいた時に、先に訪ねて来てくださいました。そしてイエス様の尊い十字架の恵みを信じて、真実に罪と咎を告白した時、イエス様の十字架の血潮によって、私たちの罪ととがを洗い流してくださいました。それだけではありません。誰でもこのイエス・キリストを信じて受け入れた時、罪の奴隷から神様の子どもとして生まれ変わるようになります。将来永遠の天の御国に入る望みが与えられました。私たちは神様に祈る時、「アバ、父よ。」と言って祈ることができるようになりました。聖書は言います。「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」(?コリ5:17)。

?.家にいる放蕩息子(25-32)
 ところが、この宴会に対して、快く思わなかった人がいました。
 25節をご覧下さい。兄息子が畑から帰って来ると、家のほうから音楽や踊りの音が聞えて来ました。それでしもべの一人を呼んで聞きました。するとしもべは答えました。「しもべは言った。『弟さんがお帰りになったのです。無事な姿をお迎えしたというので、お父さんが、肥えた子牛をほふらせなさったのです。』」(27)。これを聞いた兄息子は怒って、家に入ろうともしませんでした。それで、父が出て来て、いろいろなだめました。
29,30節をご覧ください。「ご覧なさい。長年の間、私はお父さんに仕え、戒めを破ったことは一度もありません。その私には、友だちと楽しめと言って、子山羊一匹下さったことがありません。それなのに、遊女におぼれてあなたの身代を食いつぶして帰って来たこのあなたの息子のためには、肥えた子牛をほふらせなさったのですか。」兄息子は祝宴を開いた父親の気持ちができませんでした。それで父親に不平不満をもらしました。また父の身代を放蕩で使い果たした弟を激しく非難しました。「私の弟」ではなく、「あなたの息子」と言っているのを見ると、このような弟を持ったことを恥ずかしく思いました。なぜ平気な顔で帰って来たのか、その態度が気に入らなかったようです。
その時、父親は言いました。31,32節をご覧ください。「子よ。おまえはいつも私といっしょにいる。私のものは、全部おまえのものだ。だがおまえの弟は、死んでいたのが生き返って来たのだ。いなくなっていたのが見つかったのだから、楽しんで喜ぶのは当然ではないか。」兄息子は父親と一緒に生活していながら、父親の愛を感じることができませんでした。むしろ熱心に働くことで、父親から認められ、賞賛されることを願っていました。彼は子どもとしてではなく、雇い人として生活をしていたようです。その点から考えると、この息子も家から出て行きませんでしたが、ある意味では放蕩息子と言えるでしょう。この兄息子は、パリサイ人や宗教指導者たちを指しています。彼らは神様を愛し、律法も守っていると言いました。しかし罪人に向けられた神様の愛を知りませんでした。
イエス様は、たとえの中で、兄息子も父親の心を理解いて立ち返るなら、同じように神様は迎え入れてくださることを、教えてくださいます。
私たちも信仰生活をしていると、時にはこの兄息子のような心を抱くことがあります。「自分はこんなにも熱心に働いているのに、なぜ分かってもらえないのか。」いつのまにか最初の恵みを忘れ、マンネリ化した信仰生活、形式化された信仰生活を送ってしまいます。その生活には喜びも感動もありません。そのような時、神様と対話する必要があります。聖書の御言葉に自分の姿を照らし合わせ、閉ざされた心を開きましょう。広い神様の懐に飛び込んで、愛の交わりを持ちましょう。その時、神様は私たちに愛と恵みを注いでくださいます。一人のたましいに対する大きな神様の愛を学ぶようになります。

 もう一度、32節を読んでみましょう。「だがおまえの弟は、死んでいたのが生き返って来たのだ。いなくなっていたのが見つかったのだから、楽しんで喜ぶのは当然ではないか。』」弟息子が家を飛び出して行った時、父親はまるで息子が死んでしまったかのように悲しました。ところが、弟息子が父のもとに戻って来た時、その悲しみは喜びに変わりました。父親は盛大な宴会を開いて楽しみ喜びました。そして雇い人たちだけではなく、兄息子もその喜びに参加することを願っていました。神様は私たちもこの喜びに参加することを願われます。私たちも広い内面を持って、戻って来る兄弟姉妹たちを受けれいましょう。

結論的に、もう一度20b節の御言葉を読んでみましょう。「ところが、まだ家までは遠かったのに、父親は彼を見つけ、かわいそうに思い、走り寄って彼を抱き、口づけした。」
神様は、私たちが罪を悔い改めて立ち返るまで待ち続ける方です。この神様に出て行く時、私たちをありのままの姿で受け入れてくださる方です。また私たちが真実に罪を告白する時、私たちを神様の子どもとして受け入れてくださる方です。何より滅び行く一人のたましいが救われるのを切に願われる方です。この時間、この神様の大きな愛を信じる中で、一人一人が神様に立ち返り、神様の子どもの身分を取り戻すことができるように祈ります。更に進んで、神様と共に、一人のたましいが救われることを、心から喜ぶ広い内面を持つことができるように、祈ります。

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